📋 この記事でわかること
- ✔ なぜ理学療法士が高齢者の握力を必ず測るのか
- ✔ 握力を「鍛える」のと、「窓」から全身を見るのは別物であること
- ✔ ハンドグリップが本当に役立つ人と、そうでない人の見分け方

この前、握力計を握ったら思ったより数字が低くてね。ハンドグリップでも買って鍛えたほうがいいのかな?

その発想、すごく自然なんです。でも実は「握力を上げる」より先に、考えてほしいことがあるんですよ。
握力は、鍛えるべき「筋肉」であると同時に、全身の状態を映す「センサー」でもあります。この2つを混同すると、せっかくの努力が空回りしてしまうことがあります。訪問リハビリ歴12年の理学療法士として1万件以上の在宅現場を見てきた経験から、この記事では「握力とどう付き合うか」を、器具を売りたい立場ではなく、あくまで誠実に整理してお伝えします。
なぜ理学療法士は高齢者の握力を必ず測るのか

私は訪問先で、体重と握力を必ず測ります。しかも一度きりではなく、3ヶ月ごとの定点観測です。理由はシンプルで、握力が「全身の筋力」を映す鏡だからです。
握力という一点の数字が、なぜ全身の話になるのか。まずはそこから解きほぐしていきます。
握力は「全身の筋力」を反映する
握力は手や腕だけの力に見えて、実は全身の筋肉量や筋力の状態と連動することが知られています。手を握るという単純な動作にも、前腕だけでなく肩や体幹の安定が関わっており、全身が弱れば握力にも表れる、という関係があるのです。
だからこそ、サルコペニア(加齢による筋肉の減少)の診断でも握力が公式な指標として使われています。アジアの診断基準であるAWGS 2019では、握力が男性28kg未満・女性18kg未満だと「筋力低下あり」と判定されます(AWGS 2019診断基準より)。大がかりな検査機器がなくても、握力計ひとつで全身の筋力低下のサインを拾える。これが、在宅の現場で握力がこれほど重宝される理由です。
出典:サルコペニア診断基準 AWGS 2019|日本サルコペニア・フレイル学会
大規模な研究でも、握力の低さはさまざまな不調と結びつくことが示されています。約50万人を対象としたイギリスの研究では、握力が全死亡だけでなく、心臓の病気や呼吸器の病気とも関連していました(BMJ 2018/UK Biobank研究より)。握力は、それだけ多くの情報を含んだ数字なのです。
出典:握力と死亡・心血管疾患リスク(BMJ 2018/UK Biobank)|ケアネット
👨⚕️ もくもくポイント
握力計は、体重計と違って「筋肉の質」に近い部分を映します。ご家庭でも、市販の握力計で3ヶ月に一度測って記録するだけで、立派な健康チェックになります。数字の絶対値より、「前回より落ちたかどうか」の変化を見るのがコツです。
握力はどのくらいが目安?年代別の平均
変化を見るのが基本とはいえ、「そもそも平均はどのくらいなのか」も気になるところだと思います。目安を知っておきましょう。令和5年度の体力・運動能力調査(スポーツ庁)によると、握力の平均は65〜69歳で男性およそ39kg・女性25kg、70〜74歳で男性37kg・女性24kg、75〜79歳で男性35kg・女性23kgと、年代が上がるにつれて少しずつ下がっていきます(令和5年度体力・運動能力調査より)。
出典:令和5年度 体力・運動能力調査(握力)|スポーツ庁・政府統計e-Stat
もうひとつの目安が、前述したサルコペニアの基準です。ご家庭で測って男性28kg・女性18kgを下回るようなら、全身の筋力が落ちてきているサインとして一度気にかけてみてください。
ただし、平均や基準値はあくまで入口です。同じ30kgでも、半年前が40kgだった人と、ずっと30kg前後で安定している人とでは、意味がまったく違います。大切なのは他人との比較よりも、「自分の前回からどう変わったか」。数字は入口、本命は変化——ここは何度でも強調しておきたいところです。
握力計がなくても大丈夫。家でできる簡易チェック
とはいえ、握力計がご家庭にあることはまれです。数字がなくても、握る力の変化はふだんの動作から十分に読み取れます。私が訪問先でよく使う目安は2つ。ひとつは「タオルをしっかり絞れるか」、もうひとつは「握手をして力を確かめる」ことです。
濡れたタオルを固く絞れなくなってきた、以前より水が切れなくなった——これは握る力が落ちてきた分かりやすいサインです。握手も、あいさつのついでに毎回さりげなく行えば、「この頃、握り返す力が弱くなったな」と変化に気づけます。特別な道具はいりません。生活の中の何気ない動作こそ、いちばん身近な握力計だと思ってください。
✅ 握力計がなくてもできるチェック
- タオルを固く絞れるか(水が切れにくいのはサイン)
- 握手で「握り返す力」を見る(前より弱くなっていないか)
体重より「先に」動くことがある
握力を定点観測していると、体重は変わっていないのに握力だけが落ちる、という場面によく出会います。逆に握力は保てているのに体重が減っていることもあります。高齢者の体は、こうした「ズレ」として変化のサインを出してきます。
体重は水分量や食事量でも簡単に上下しますが、握力は筋肉そのものの状態をより素直に映します。だから握力は、体重より一歩早く異変を教えてくれるセンサーになり得るのです。しかも痛みもなく、数十秒で測れます。定期的に測っていれば、変化があった時点ですぐに手を打てる。「気づいたときには寝たきり寸前だった」という事態を避けるうえで、この早期発見の価値は計り知れません。
👨⚕️ もくもくポイント
高齢者の体調変化は「体重が減ってから」では手遅れになりがちです。握力・体重・食事量の3つをセットで、月に一度でもメモしておくと、異変の早期発見につながります。カレンダーの端に数字を書くだけでも十分です。
📝 訪問現場より
ある利用者さんは、体重は落ちていないのに、握力だけがわずかに下がっていました。食事を伺うとタンパク質が少なめだったので、タンパク質を意識してもらい、トレーニングも見直しました。すると数ヶ月後、握力は元に戻ったのです。体重という「結果」に表れる前に、握力という「センサー」が先に教えてくれた一例でした。もしこの変化を見逃していたら、次に現れるのは歩行や立ち上がりの衰えだったかもしれません。
左右差にもヒントが隠れている
握力を見るとき、私は左右の数字の差にも注目します。片方だけが極端に弱い場合、単なる筋力低下だけでなく、神経の働きや過去のケガ、使い方のクセなどが背景に隠れていることがあるからです。国立長寿医療研究センターの研究(NILS-LSA)でも、左右の握力差が20%を超えて大きい場合、全死亡リスクの上昇と関連していたと報告されています(特に男性で明確に示されました)。左右差そのものが、加齢による筋力の衰えや神経の働きの低下を映すサインになり得るということです(国立長寿医療研究センター・NILS-LSA研究より)。
出典:握力の左右差と死亡リスク(国立長寿医療研究センター・NILS-LSA)|Medical Tribune
左右差は、ご家庭でも気づきやすいサインです。「いつも同じ側の手で物を落とす」「片方だけ握るのを嫌がる」といった様子があれば、一度専門職に相談する価値があります。数字そのものだけでなく、左右のバランスまで含めて見る。これも握力という窓を丁寧に読むコツのひとつです。
⚠️ こんなときは受診を
しびれなどの神経症状をともなう場合や、急に片方の手だけ力が入らなくなった場合は、単なる筋力の衰えとは考えず、様子を見ずに一度医療機関を受診してください。こうした変化の裏には、神経の異常が隠れていることがあるためです。
実際に、手のしびれを訴えていた利用者さんに受診をお勧めしたところ、医師から手根管症候群と診断されたことがありました。握力の低下を「年のせい」と片づけていたら、見逃していたかもしれません。しびれを伴うときは、筋力の衰えと決めつけないことが大切です。
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握力を「鍛える」のと「窓から全身を見る」のは別物

ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。握力には2つの顔があります。「鍛える対象としての握力」と、「全身を映す指標としての握力」。この2つを取り違えると、努力が空回りしてしまいます。
数値だけ上げても「本体」は変わらない
握力が全身の筋力を映すなら、握力を上げれば全身も元気になるのでは——そう考えたくなります。しかし、話はそう単純ではありません。
握力の低下は、多くの場合「全身のサルコペニアが進んでいるサイン」です。つまり握力は結果であって、本当の原因は全身の栄養不足や運動不足にあります。ここでハンドグリップを握って握力の数字だけを押し上げても、原因である全身の状態はそのままです。体温計を水で冷やして数字を下げても、実際の熱そのものは下がらないのと同じことです。指標をいじっても、本体は変わりません。
実際、公的機関もこう明言しています。「握力のみを強くしても死亡リスクが下がるかどうかは、今のところ分かっていない。適度な運動によって全身の筋力の維持・増強を目指しましょう」(福岡県「ふくおか健康ポイントプラス」より)。握力という窓が曇っているとき、拭くべきは窓ガラスではなく、部屋全体の空気なのです。この一点を押さえておくだけで、努力の方向を大きく間違えずに済みます。
出典:握力と健康(九州大学・久山町研究)|福岡県 ふくおか健康ポイントプラス
では、握力が下がっていたら何をすべきか
握力の低下に気づいたら、まず見直したいのは「栄養」と「全身運動」の2つです。
栄養では、特にタンパク質が不足していないかを確認します。食が細くなった高齢者は、知らないうちにタンパク質が足りていないことが少なくありません。肉や魚、卵、大豆製品を、毎食少しずつでも取り入れることが大切です。運動では、握力だけを狙うのではなく、足腰を含めた全身を動かすことを優先します。スクワットや片足立ちのような下半身の運動が、結果的に全身の筋力を底上げし、めぐりめぐって握力にも良い影響を与えます。
握力低下は「全身を見直しなさい」という、体からのメッセージです。その窓が指し示す先を正しく読み取ることが、遠回りに見えていちばんの近道になります。
👨⚕️ もくもくポイント
握力を戻したいなら、握る運動より「食べること」と「足を動かすこと」が先です。順番を間違えると、頑張っても結果が出ずに続かなくなります。まずはタンパク質と全身運動——これが遠回りに見えて、いちばんの近道です。
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それでもハンドグリップが役立つ人がいる

ここまで「握力の数字だけ上げても意味が薄い」とお伝えしてきました。では、ハンドグリップはまったく無意味なのでしょうか。いいえ、そうではありません。役立つ場面は、はっきりと存在します。大切なのは、自分がどちらのケースに当てはまるかを見極めることです。
「握る力そのもの」に困っている人
見分け方はシンプルです。全身のサインとしての握力低下ではなく、「握る動作そのもの」に生活上の困りごとがある人には、ハンドグリップが有効です。
たとえば、ペットボトルのフタが開けられない、手すりをしっかり握れない、鍋や箸が持ちにくい、雑巾がうまく絞れない。こうした「握る力」が直接ネックになっている場合は、その力を鍛えることが日常の困りごとの解決に直結します。この場合の握力トレーニングは、指標いじりではなく、生活動作そのものの改善です。ここには、はっきりとした意味があります。
📝 訪問現場より
90代のある利用者さんは、「ペットボトルのフタが開けられない」と困っていました。そこで柔らかいハンドグリップをお勧めし、無理のない範囲で続けてもらったところ、1ヶ月ほどで「前より開けやすくなった」と笑顔で話してくれました。数値目標を掲げたわけではなく、あくまで生活の困りごとにピンポイントで効かせた、良い例だと思います。
器具選びは「柔らかいもの」から
高齢者がハンドグリップを使うなら、負荷は必ず「柔らかいもの」から始めてください。硬い器具を無理に握ると、指や手首を痛めたり、力むことで血圧が上がったりするリスクがあります。特に血圧が高めの方は要注意です。
コツは2つ。握りながら息を止めないこと、そして痛みが出たらすぐにやめること。息を止めていきむと血圧が跳ね上がるので、「イチ、ニ」と数えながら呼吸を続けるのがおすすめです。この2点さえ守れば、握る力に困っている方にとって、ハンドグリップは心強い味方になります。回数や数値を追うのではなく、「今日はフタが開けやすい」といった生活の実感を目安に、細く長く続けていきましょう。
👨⚕️ もくもくポイント
ハンドグリップを選ぶときは、「握り切れる柔らかさ」が正解です。硬すぎて握り込めない器具は、力むだけで効果が薄く、血圧にも負担がかかります。100円ショップの柔らかいタイプから試して、余裕が出たら少し硬いものへ——この段階を踏むのが安全です。
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まとめ
握力は、鍛える対象であると同時に、全身の状態を映すセンサーでもあります。この2つの顔を混同しないことが、握力と上手に付き合ううえでの鍵になります。
握力が下がってきたとき、多くの場合それは「全身を見直しなさい」という体からのサインです。ハンドグリップで数字だけを上げても、原因である栄養不足や運動不足は変わりません。まず手をつけるべきは、タンパク質などの栄養と、足腰を含めた全身運動です。
一方で、ペットボトルのフタが開かない、手すりが握れないなど、「握る力そのもの」に困っている方には、柔らかいハンドグリップが確かな助けになります。大切なのは、自分やご家族がどちらのタイプなのかを見極めること。握力という小さな窓は、正しく読めば、全身の健康を守る大きなヒントを与えてくれます。今日から、その窓をそっと気にかけてみてください。
🌱 この記事のまとめ
- 握力は「鍛える対象」であると同時に「全身を映すセンサー」
- 数字だけ上げても本体は変わらない。まずは栄養(タンパク質)と全身運動
- 「握る力そのもの」に困っている人には、柔らかいハンドグリップが有効
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📚 参考文献
- 福岡県「ふくおか健康ポイントプラス」(九州大学・久山町研究)
https://health.pref.fukuoka.lg.jp/column/stretch/1625/ - 日本サルコペニア・フレイル学会「サルコペニア診断基準 AWGS 2019」(Chen LK, et al. J Am Med Dir Assoc. 2020)
https://jssf.umin.jp/pdf/revision_20191111.pdf - Celis-Morales C, et al. BMJ. 2018;361:k1651.(UK Biobank・約50万人/ケアネット紹介)
https://www.carenet.com/news/journal/carenet/46031 - 国立長寿医療研究センター「握力の左右差と全死亡リスク」に関する研究(Medical Tribune紹介)
https://medical-tribune.co.jp/kenko100/articles/?blogid=34&entryid=571132 - スポーツ庁「令和5年度 体力・運動能力調査」(政府統計 e-Stat)
体力・運動能力調査 令和5年度 年齢別テストの結果(握力)|政府統計e-Stat
※本記事は訪問リハビリの現場経験と公的資料をもとにした一般的な情報提供であり、診断・治療を目的としたものではありません。握力の低下やしびれなど気になる症状がある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。







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