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📋 この記事でわかること
- ✔ 認知症で靴が履けなくなる本当の原因(足の問題ではありません)
- ✔ 「履くこと自体を忘れている人」と「履き方を忘れている人」の見分け方
- ✔ タイプ別の声かけと、介助に切り替える判断
- ✔ 履く工程そのものを減らす環境の整え方

最近、母が靴を履くのにものすごく時間がかかるんです。玄関でずっと固まっていて…。この前は左右逆のまま歩き出そうとして、ヒヤッとしました。

足のサイズや痛みが原因だと思って、靴を買い替えたくなりますよね。でも認知症の方の「靴が履けない」は、多くの場合そこが原因ではないんです。

えっ、じゃあ何が原因なんですか?

脳の症状のひとつで「失行(しっこう)」といって、体は動くのに手順が組み立てられなくなる状態です。だから声のかけ方を変えるだけで、すっと履ける方も多いんですよ。
私は訪問リハビリの現場で12年、これまで12,000件以上のお宅にうかがってきました。その中で「靴が履けない」というご相談は本当に多く、そして原因を誤解されているケースがとても多い場面でもあります。
大切なのは靴を変えることではなく、「なぜ履けないのか」を見極めること。原因が分かれば、対応はぐっとシンプルになります。
認知症で靴が履けなくなるのは「足」ではなく「脳」の問題

原因の主役は「失行」
失行とは、運動を行う器官に異常がないのに、目的に沿って動作を遂行できなくなる状態のことです。脳卒中だけでなく、アルツハイマー病などの神経変性疾患でも起こります(医学界新聞「失行のリハビリテーション」より)。
出典:医学界新聞「FAQ 失行のリハビリテーション」(花田恵介・2025)
つまり、足も手も動く。靴も見えている。それなのに「つま先を入れて、かかとを入れて、マジックテープを留める」という一連の流れが、頭の中で組み立てられない。これが「靴が履けない」の正体です。
実際、アルツハイマー型認知症では衣服の着脱が困難になる着衣失行がみられることが知られています(日本精神神経学会「アルツハイマー型認知症の診断と治療」より)。靴も同じ仕組みで起こります。
出典:日本精神神経学会「アルツハイマー型認知症の診断と治療」(中村祐)
「失認」で左右や自分の靴が分からなくなる
もうひとつが失認です。アルツハイマー型認知症では初期から視空間失認がみられることが多く、左右の区別がつかない、靴と足の位置関係がつかめない、といったことが起こります。
左右逆に履いてしまう、片方だけ履いて歩き出す。これは「うっかり」ではなく、症状として起きていることが多いのです。
新しい靴を「自分のじゃない」と拒否することもある
記憶障害があると、新しく買った靴が記憶に残りません。ご家族は良かれと思って履きやすい靴を用意したのに、「これは私のじゃない」と拒否される。よくある行き違いです。
ここで押さえておきたいのは、履きやすい靴に替えたからといって失行そのものが治るわけではない、ということ。靴はあくまで工程を減らす道具であって、原因への答えではありません。
それでも「足そのもの」が原因のことはある
ここまで脳の話をしてきましたが、当然ながら足のトラブルが原因のケースもあります。外反母趾で靴が当たって痛い、むくみで足が入らない、爪が伸びて指先が痛い。こうした場合は、痛みで顔をしかめる、特定の靴だけ嫌がる、片足だけ拒否する、といったサインが出やすくなります。
見分けのポイントは、素足の状態で足を見せてもらうこと。赤み、変形、爪の状態を確認して、明らかな異常がなければ脳の側の問題を疑う、という順番で考えると整理しやすくなります。
👨⚕️ もくもくポイント
「足が痛いのかな」「サイズが合わないのかな」と考える前に、一度その方の手の動きを見てください。靴に手を伸ばせているのに履けないなら、足の問題ではなく手順の問題である可能性が高いです。
「履けない」には2つのタイプがある

タイプA:履くという行為自体を忘れている
そもそも「今から靴を履く」という行為が頭から抜け落ちているタイプです。靴を目の前に置かれても反応がない、玄関で座ったまま何も始まらない、といった様子になります。
タイプB:履き方の手順が出てこない
「靴を履かなきゃ」は分かっている。でも、そこから先の手順が出てこない。靴を手に取ったまま止まる、かかとを踏んだまま歩き出す、といった姿になります。
現場の実感としては、このタイプBの方が多く、そして声をかけるだけで履ける方がほとんどです。
家庭でできる見分け方
靴を足元に置いて「靴を履きましょう」と伝えたときの反応を見てください。
タイプA(行為を忘れる)
そもそも反応がない、靴を見ても何も始まらない
タイプB(手順が出ない)
靴に手を伸ばそうとする、足を動かそうとする
あわせて、次の点も見ておくと判断しやすくなります。
✅ さらに見分けやすくなるサイン
- 靴を手に取るが、そこから動きが止まる → タイプB
- 靴を裏返したり、あちこち触ったりして目的が定まらない → タイプB
- 声をかけると視線は向くが、靴には向かわない → タイプA
- 「靴、履きましょうか」と言っても意味が伝わっていない様子 → タイプA
きれいに二分できるものではありませんし、進行とともにタイプBからタイプAへ移っていくこともあります。それでも、この一手間で今日の対応の方向性は決まります。
👨⚕️ もくもくポイント
どちらのタイプかは、日によって、時間帯によっても変わります。朝は反応が鈍く、夕方は自分で履ける、ということも珍しくありません。一度で決めつけないでください。
タイプBへの声かけ|「靴を履いて」では動けない

具体的な場所とゴールを示す
私が現場でよく使うのは、この言い方です。
「ここに足を入れてください。
踵(かかと)まで全部が入るように」
「靴を履いてください」は、実は抽象的な指示です。足を上げて、靴口を広げて、つま先を入れて……という工程がすべて省略されています。失行のある方は、この省略された部分を自分で埋めることができません。
だから、どこに(ここに)・何を(足を)・どうする(入れる)・どこまで(踵まで)を、こちらが言葉にして渡します。
言い換えの例を挙げておきます。
✅ 声かけの言い換え例
- 「靴を履いて」→「この靴に、右の足を入れてください」
- 「ちゃんと履いて」→「踵まで全部入れましょう。あと少しです」
- 「そっちじゃない」→(正しい靴を手渡しながら)「こちらが右足の靴です」
- 「早くして」→「大丈夫です、ゆっくりで構いませんよ」
ポイントは、否定形を使わないことと、動作の目標地点を必ず入れることです。「ちゃんと」「しっかり」といった副詞は、失行のある方には情報になりません。
着衣が困難だった方に対して、衣服の構造や手順を言葉にして伝えるアプローチで動作が可能になった報告もあります(日本作業療法士協会「作業療法」43巻3号より)。手順を言語で補うことは、現場の勘ではなく理にかなった方法です。
一動作ずつ・急かさない
伝えるのは一度にひとつだけ。「足を入れて、テープ留めて、はい立って」と続けると、それだけで混乱します。ひとつ終わってから、次を伝えてください。
そして急かさないこと。「早くして」は、動作を止める一番の言葉です。認知症の方は動作や反応に時間がかかります。待つ時間をあらかじめ予定に組み込んでおくほうが、結果的に早く家を出られます。
📝 訪問現場より
デイサービスのお迎えの時間になっても靴が履けず、毎朝ご家族と口論になっていた方がいました。「早く!」と急かされるほど手が止まってしまうのです。
私が「ここに足を入れてください。踵まで全部が入るように」と一言添えたところ、その場でご自分で履かれました。ご家族は「え、履けるんですね」と驚いていました。
👨⚕️ もくもくポイント
声かけは、本人の目線の高さに合わせてから。立ったまま上から声をかけると、それだけで指示が届きにくくなります。しゃがんで、靴を指差しながら伝えてください。
タイプAへの対応|介助に切り替えていい
行為自体が抜け落ちているタイプの方には、声かけだけでは届きません。私は介助に切り替えることが多いです。
ご家族がいちばん苦しむのは、「前はできたのに」「本人にやらせないと悪くなる」という思いです。ですが失行は、繰り返せば元に戻るという性質のものではありません。
ただし、これは「もう履けない」という意味ではありません。機能そのものは戻らなくても、先ほどのように手順を言葉で補えば、その場で履けることはよくあります。ひとりで手順を組み立てるのが難しいだけで、支え方さえ合えば動作は成り立つのです。
厚生労働省も、認知症の人は自分の障害を補う「杖」の使い方を覚えることができないため、周囲がさりげなく援助する「人間杖」になる必要があると示しています(厚生労働省「認知症の人と接するときの心がまえ」より)。
介助するときも、黙って履かせないでください。「靴を履きますね」「右足を上げますよ」と、これから何をするのかを一言ずつ伝えながら進めます。何をされているか分からないまま足を触られるのは、誰にとっても不快で、それが拒否につながります。声のかけ方全般は認知症の親に言ってはいけない言葉と正しい接し方でもまとめています。
また、全部を代わりにやる必要もありません。踵を入れるところだけ手伝えば、あとはご本人ができる。そんな方も多くいます。「どこでつまずいているのか」を1回だけ観察して、そこだけを手伝う。これが在宅で長続きするやり方です。
靴を履かせることは、自立を奪うことではありません。玄関での消耗をなくして、その先の外出を守るための選択です。
どうしても嫌がる・怒るときは、無理強いしない
声のかけ方を工夫しても、介助しようとしても、頑なに拒む。ときには怒り出してしまう。そんな日もあります。
そういうとき私は、いったん引きます。時間をおく、場所を変える、別の家族が声をかける。それだけで、さっきまでの拒否が嘘のようにすっと履けることがあります。認知症の方の「今は嫌」という気持ちは強く、正面から押し切ろうとするほどこじれます。
もうひとつ大切なのが、本人の希望を頭ごなしに否定しないことです。
「靴は嫌だ、サンダルがいい」と言い張る方がいました。ご家族は「サンダルじゃ転ぶから」と心配され、その通りなのですが、無理に靴へ替えようとするたびに険悪になり、お互いくたくたになっていました。私は「本人がサンダルで納得するなら、まずそれでいいのでは」とお伝えしました。
もちろん、サンダルは靴より転倒リスクが高くなります。それは事実です。ただ、毎回怒らせて疲弊させ、外出そのものが嫌になってしまうより、本人が納得して履けるものを選び、外ではご家族がそばに付き添う。そうやってリスクを下げるほうが、現実的にはうまくいくことが少なくありません。
「安全のため」が、いつのまにか本人を追い詰めていないか。ときどき立ち止まってみてください。
👨⚕️ もくもくポイント
本人が選んだ履物を否定しないことは、「わがままを許す」のとは違います。納得して履けること自体が、外出を続ける力になります。
訪問現場からのエピソード
ある女性のお宅で、ご家族から「母が靴を履いてくれない、わざとやっているんじゃないか」とご相談を受けたことがあります。玄関で靴を出しても座ったまま動かず、毎回30分近くかかっていました。
声をかけても反応が変わらないことから、履き方ではなく「履くという行為そのもの」が抜け落ちている可能性が高いと判断しました。そのことをご家族に説明し、無理に促すのではなく介助してしまってよいこと、それは甘やかしではないことをお伝えしました。
翌週うかがうと、玄関での時間は5分ほどに短くなっていました。ご家族からは「わざとじゃなかったと分かって、こちらの気持ちが楽になりました」という言葉が返ってきました。変わったのは本人の能力ではなく、ご家族の受け止め方だけです。
👨⚕️ もくもくポイント
「わざとやっている」と感じたときは、ほぼ間違いなく症状です。そう思えるだけで、玄関の空気は変わります。
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履く工程そのものを減らす環境づくり

いつも同じ靴・置き場所を固定する
靴の種類を増やさない、置く場所を毎回同じにする。これだけで「選ぶ」「探す」という工程が消えます。玄関に出しておく靴は1足だけにしておくのも有効です。
座って安全に履ける環境にする
立ったまま履こうとすると、バランスを崩して転倒します。玄関に椅子や台を置き、必ず座って履ける状態にしてください。座っていれば手元にも集中しやすくなります。
高さの目安は、座ったときに足の裏がしっかり床につくこと。低すぎる台は立ち上がりが難しくなり、かえって危険です。壁側に置いて、立ち上がるときに手をつける場所があると、なお安全になります。玄関の段差に座っているご家庭も多いのですが、低すぎることがほとんどなので、一度見直してみてください。
左右が分かる工夫をする
失認で左右の区別がつかない方には、見た目で分かる手がかりを用意します。靴の内側にシールを貼って合わせ目を作る、左右で違う色のインソールを入れる、玄関では必ず履く向きに揃えて置いておく。
言葉で「そっちは左です」と説明するより、目で見て分かる形にしたほうが確実に伝わります。ご本人が「間違えた」と気づかずに済むことも、大きな意味があります。
手を使わずに履ける靴という選択肢
工程を減らすという意味では、靴そのものを見直すことも選択肢になります。かかとを踏んでも潰れずに足を入れられるタイプや、留め具の調整が最小限で済むタイプなら、必要な動作が一つ二つ減ります。履きやすい靴選びの基本は高齢者が履きやすい靴の選び方でもまとめています。
ただし繰り返しますが、靴を替えれば履けるようになるわけではありません。失行に対する練習の効果は、その動作・その道具の範囲にとどまる可能性が指摘されています(秋田県立リハビリテーション・精神医療センター資料より)。原因への対応はあくまで声かけと環境。靴はその補助、という順番は崩さないでください。
出典:秋田県立リハビリテーション・精神医療センター「失行のリハビリテーション」
たとえば「LAQUN(ラクーン)」は、かかとがしなる構造で手を使わずに足を入れられ、全サイズが幅広(3E相当)に作られています。履くときの動作を一つ減らしたいときの、選択肢のひとつです。
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こんなときは専門職に相談を
最後に、家族だけで抱えないほうがいい場面をお伝えします。
⚠️ 急に履けなくなったときは注意
これまで履けていた靴が急に履けなくなったときは、ゆっくり進む失行と違い、別の原因(体調の変化や足そのもののトラブルなど)が隠れていることがあります。「昨日までできたのに」という急な変化のときは、早めにかかりつけ医へ相談してください。
足に赤みや変形、痛がる様子があるときも、我慢させずに受診を。爪や皮膚のトラブルは、それだけで「履きたくない」の原因になります。
そして、毎朝の玄関で家族が消耗しているなら、ケアマネジャーやリハビリ職(訪問リハビリの理学療法士・作業療法士)に相談してみてください。その方の履き方の「つまずきどころ」を一緒に見て、声かけや福祉用具の具体的な提案が受けられます。私たちがうかがう理由の多くも、こうした「日常のちょっとした困りごと」です。
まとめ
認知症で靴が履けなくなる主な原因は、足のトラブルではなく失行と失認です。
📝 まとめ
- ✅ タイプB(手順が出てこない)→「ここに足を入れて、踵まで全部が入るように」と具体的に声をかける
- ✅ タイプA(行為自体が抜けている)→介助に切り替えてよい。それは甘やかしではない
- ✅ 工程を減らす環境(同じ靴・固定の置き場所・座って履ける場所)を整える
玄関で親子がすり減らす時間は、視点を少し変えるだけで確実に減らせます。まずは明日の朝、声のかけ方をひとつ変えてみてください。
・日本精神神経学会「アルツハイマー型認知症の診断と治療」(中村祐)
・医学界新聞「FAQ 失行のリハビリテーション」(花田恵介・2025)
・日本作業療法士協会「作業療法」43巻3号
・厚生労働省「認知症の人と接するときの心がまえ」
・秋田県立リハビリテーション・精神医療センター「失行のリハビリテーション」



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